Pronominal copular sentences in Ixquihuacan Nahuatl

October 8, 2017 | Autor: Sasaki Mitsuya | Categoría: Nahuatl, Predication, Mesoamerica, Sierra Norte De Puebla, Copular Sentences
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Descripción

ナワトル語イシュキワカン方言の代名詞コピュラ文 ∗ 佐々木充文 (東京大学大学院・日本学術振興会特別研究員 DC)

1 はじめに 1.1 理論的背景: 措定文と指定文 コピュラ文にいくつかのタイプがあり、それぞれ意味的・談話的に異なった性質を示すことは、つとに指摘 されている (Lyons, 1968; Akmajian, 1970; Higgins, 1979; Declerck, 1988; 西山, 2003; Mikkelsen, 2005; etc.)。 代表的な区分として、Higgins (1979) の 4 分類がよく用いられる。 表 1 Higgins (1979) によるコピュラ文の意味論的分類

C LAUSE TYPE

E XAMPLE

Predicational

措定文

Susan is a doctor.

Specificational

指定文(狭義) The winner is Susan.

Identity (equative)

同一性文

She is Susan.

Identificational

同定文

That is Susan. / That woman is Susan. (Mikkelsen, 2005, 48; 訳語は発表者による)

表 1 に挙げられている 4 種のうち、措定文 (predicational sentence) とそれ以外の 3 種との区別は、特に幅広 い言語現象に関与していることが知られている。Akmajian (1970) や Declerck (1988) は、後三者をまとめて 「指定文」 (specificational sentence) (広義)と呼んでいる。Akmajian (1970, 162–163) によれば、(1a) のよう に個物を同定・指定するものが指定文、(1b) のように個物の性質を叙述するものが措定文である。

(1)

a. The first candidate for the trip to Mars is Spiro Agnew. b. The first candidate for the trip to Mars is short and fat.

(Akmajian, 1970, 162)

両者の差を端的に表すテストの例として、指定文は倒置可能なのに対し (2)、措定文は倒置不可能である (3) という事実がよく挙げられる。

(2)

a. TOM is the murderer. b. The murderer is TOM.

(3)

(Declerck, 1988, 62)

a. John is a teacher. b. *A teacher is John.

(Declerck, 1988, 62)

Akmajian (1970, 166–168) は、措定文の名詞句補語は非指示的であるのに対して、指定文の補語は指示的で あると述べている。これと関連して、Mikkelsen (2005, 48–54) は、補語が論理的に一項述語(タイプ ⟨e, t⟩)で あるのが措定文であり、補語が個物を指示する(タイプ e)のが他の 3 種であると主張している。



本稿は、第 8 回文法研究ワークショップ「コピュラ・存在表現」 (2014 年 12 月 6 日、東京外語大学アジア・アフリカ言語文化研究 所)で配布された同題の研究発表資料の誤記等を修正したものである。本稿の内容は、日本言語学会第 149 回大会およびその事前 発表会の参加者の方々から頂いたコメントに多くを負っている。また、文法研究ワークショップ参加者の皆様と、滞在・調査にあ たり惜しみないご協力を賜ったアワカトラン郡の方々、わけても主なコンサルタントである Cruz Jiménez 一家の方々に厚くお礼を 申しあげる。

1

一般的には Higgins (1979) 以来の 4 分類(表 1)が広く用いられており、西山 (2003) のようにより緻密な分 類も提案されているが、本発表では、主に Akmajian (1970) 以来の簡便な二分法を用い、特に断りのない限り、

Akmajian (1970) および Declerck (1988) に倣って「指定文」を広義に用いる。

1.2 対象言語とデータ ナワトル語 (Nahuatl, Aztec, mexicano) は、ユート・アステカ語族ナワ語派 (Nahua, Uto-Aztecan) に属するメ キシコ最大の先住民語である。代表的な変種として古典ナワトル語(16–17 世紀)がよく知られている。典型 的な主要部標示型言語 (head-marking language) であり、項名詞句が形態格をもたない代わりに、動詞は主語と 目的語の人称接辞をとる。また、所有関係は原則として主要部名詞側の所有者人称接辞で標示される。 イシュキワカン (San Francisco Ixquihuacan) は、北プエブラ山脈の高地に位置し、プエブラ州北部のアワカ トラン郡 (Ahuacatlán, Puebla) に属する、同郡最大のナワトル語共同体である。約 3,500 人の住民のほとんど がナワトル語を日常的に話している。イシュキワカンのナワトル語は、サカトラン・アワカトラン・テペツィ ントラ (Zacatlán–Ahuacatlán–Tepetzintla) 方言*1 の比較的革新的な変種であり、本発表ではこの変種を「ナワ トル語イシュキワカン方言」(Ixquihuacan Nahuatl) と呼ぶ。 引用する例文には、メキシコ公教育省 (SEP) の方式をもとにした独自の簡易転写を用い、エリシテーション で得られた例には (E) を付す。「*」で示した例は、発表者が自作し、母語話者によって容認不可能とされた例 である。

1.3 本発表の目的 佐々木 (2014) において、イシュキワカン方言には 2 種類のコピュラ文があり、両者の分布が、Akmajian

(1970) および Declerck (1988) のいう「措定文」と「指定文」 (広義)の区別に対応していることを報告した。*2 本発表では、2 種類のコピュラ文のうち、代名詞コピュラを用いる「y¯en 文」(代名詞コピュラ文)について、 佐々木 (2014) で扱いきれなかった境界的な例を検討し、その性質を明らかにすることを目指す。

2 イシュキワカン方言のコピュラ文 本節では、佐々木 (2014) で報告した言語事実とそれに関する議論を概観する。 先述のとおり、イシュキワカン方言には、互いに相補分布する 2 種類のコピュラ文がある。佐々木 (2014) で は、これら 2 種類のコピュラ文をそれぞれ「単純コピュラ文」「y¯en 文」と呼んだ。

2.1 単純コピュラ文 単純コピュラ文は、Akmajian (1970) および Declerck (1988) のいう措定文に対応し、直説法現在時制(明示 的なコピュラなし)とその他の法・時制(動詞コピュラあり)で異なる形をとる。 直説法現在時制では、音形をもつコピュラが現れない。(4) の例が示すように、一・二人称においては補語名 詞に動詞と同じ主語人称接辞が現れる。

(4)

tehw¯atl ti-no-siwa-h 2SG

2SGS-1SGP-女-SG . POSS

「おまえは私の妻だ」(E)

*1

ISO 639-3 コード: nhi。SIL により、この方言に属する近隣のテナンゴ (San Miguel Tenango) のナワトル語が記述・紹介されてい

*2

るが、イシュキワカンのナワトル語とはいくつかの点で異なる。 対応しない例については後述する。

2

(5)

nin lapis¯eroh

mo-¯axka?

これ ボールペン 2SGP-持ちもの 「このボールペンはおまえのものか?」(E) これに対し、その他の法・時制では、コピュラとして存在動詞 katki*3 の活用形が現れる。この場合でも、

(7)–(9) のように、主語が一・二人称の場合は補語名詞に主語人称接辞が現れる。*4 (6)

kukuk o¯ -Ø-katka

simi

n

tlakwal

とても 辛い PST-3 S - COP. PST ART 食べ物 「おかずがとても辛かった」

(7)

kw¯antoh o¯ -ni-katka

ni-ichp¯och

…とき PST-1 SGS - COP. PST 1SGS-若い女 「私が娘だったころ…」(E)

(8)

neh ni-¯ı-ski

ni-tlapaht¯ani

1SG 1SGS-COP-FUT 1SGS-医者 「私は医者になるだろう」(E)

(9)

teh o¯ -xi-¯ı-ni

ti-siw¯a-tl

2SG PST-2OPT-COP - OPT. PST 2SGS-女-SG . ABS 「おまえが女だったらよかったのに」(E) 佐々木 (2014) および本発表では、(4)–(5) のようなゼロコピュラ文と (6)–(9) のような動詞コピュラ文を同種 のものと考え、明示的なコピュラの有無にかかわらず「単純コピュラ文」と総称する。 単純コピュラ文はもっぱら主語の性質・属性を叙述するのに用いられ、補語には指示的な要素が現れない。 補語が指示詞・代名詞の場合や、定冠詞的小辞 n をとる決定詞句の場合は、後述の y¯en 文が用いられる。

(10)

a. n

Elías

tlapaht¯ani

ART エリーアス 医者

「エリーアスは医者だ」(E)

b. *n Elías

n

tlapaht¯ani

ART エリーアス ART 医者

「エリーアスは(その)医者だ」

¯ 文(代名詞コピュラ文) 2.2 Yen 指示詞・代名詞・人名など、指示的な要素が名詞補語になる場合には、単純コピュラ文は用いられず、(11)–(14) のようにダミーの人称代名詞(代名詞コピュラ)が用いられる。このタイプの文は y¯en(三人称単数代名詞 yeh

+ 定冠詞的小辞 n の縮約)という形を含むことが多いので、佐々木 (2014) ではこのタイプの文を「y¯en 文」と 呼んだ。

(11) n

to-ti¯achkah deh nikã n

to-pu¯ebloh y¯en (< yeh n)

ART 1 PLP -首長 …の ここ ART 1 PLP -村

Victor

3SG ART ビクトル

(村長は誰かと聞かれて)「この私たちの村の村長はビクトルだ」(E)

*3

存在動詞 katki は古典ナワトル語 ka’(語幹 kat-/ye-)に対応し、法・時制によって kat-/¯ı-という語幹交替を示す。ここでは仮に直説 法現在形の katki を代表形とするが、コピュラ文に katki という活用形が現れることはない。 *4 一・二人称に主語人称接辞が現れない例も観察されており、人称標示の正確な条件は不明である。

3

achtõ, y¯en (< yeh n)

(12) a¯ ki non o¯ -Ø-ahsi-k

誰 あれ PST-3S-着く-PST 最初に

Dulce

y¯en (< yeh n)



3SG ART ドゥルセ または

Everardo?

3SG ART エベラルド

「どっちが最初に着いたの、ドゥルセ?それともエベラルド?」(E)

yeh nehw¯atl n

(13) wan

そして 3SG 1SG

o¯ -ni-k-chih-chih

ART PST -1 SGS -3 SGO - REDUP -作る. PST

(誰がおかずを作ったのかと聞かれて)「それを作ったのは私だ」(E)

(14) n

yeh nik¯ankah

tl¯en o¯ -ni-k-t¯emow¯a-ya

ART REL PST -1 SGS -3 SGO -探す- IMPF 3 SG これ

「私が探していたものはこれだ」(E)

Y¯en 文は、狭義の指定文のほか、(15) のように同一性文にも用いられ(同定文の用例は未採集)、Akmajian (1970) や Declerck (1988) のいう広義の指定文全体をカバーすると考えられる。 (15) tlakã

n

Hombre Araña y¯en (< yeh n)

Peter Parker

3SG ART ピーター・パーカー

…であることがわかった ART スパイダーマン

「なんと、スパイダーマンはピーター・パーカーだったのだ」(E) また、y¯en 文は (13) や (16)–(17) のように分裂文になる場合も多い。

(16) y¯en (< yeh n)

Victor

n

to-ti¯achkah deh nikã n

to-pu¯ebloh

3SG ART ビクトル ART 1PLP-首長 …の ここ ART 1PLP-村 (村長は誰かと聞かれて)「この私たちの村の村長はビクトルだ」(E)

(17) yehwã n 3PL

Juan

¯ıwã

n

María

n

Cf. (11)

o¯ -Ø-ki-chih-chih-keh

ART フアン 3 SGP -と共に ART マリーア ART PST -3 S-3 SGO - REDUP -作る. PST - PLS

(誰がおかずを作ったのかと聞かれて)「それを作ったのはフアンとマリーアだ」(E)

Y¯en 文に対応する現象は、古典ナワトル語についても指摘されている。Launey (1979, 44) は、古典ナワトル 語において固有名詞や指示詞は名詞述語になれず (18a)、「貴族なのはペードロだ」のように属性名詞が定の場 合にはダミーの代名詞が挿入される (18b) と述べている。*5 Launey (1979) によれば、(18b) においてはダミー 代名詞が形式上の名詞述語であり、焦点となる in Pedro はダミー代名詞に並置されているという。下記の例に おける in はイシュキワカン方言の n に対応する。

(18)

a. *(ka) in t¯ekw-tli AFF

in Pedro

IN 貴族-SG . ABS IN ペードロ

b. in t¯ekw-tli

(ka) ye’w¯atl in Pedro

IN 貴族-SG . ABS AFF 3SG

IN ペードロ (Launey, 1979, 44)

「貴族なのはペードロだ」

同様に、コピュラ文の補語が定または指示的名詞句の場合に代名詞コピュラが用いられる例として、現代標 準アラビア語 (Ryding, 2005, 300–301) やポーランド語(Citko, 2008; マルタ・ピアノフスカ、私信)が知られ ている。

(19) al-muslim-u

huwa l-turkiyy-u

ART-ムスリム- NOM 3 SG . M ART -トルコ人- NOM

(Ryding, 2005, 301)

「ムスリムなのはそのトルコ人だ」

*5

古典ナワトル語は古語であり、否定的証拠がないことに留意する必要がある。(18) は Launey (1979) の作例と思われる。

4

¯ 文における代名詞コピュラ 3 Yen 前節では、佐々木 (2014) の議論に沿い、イシュキワカン方言の 2 種類のコピュラ文(単純コピュラ文、y¯en 文)について概観した。本節では、このうち y¯en 文に対象を絞り、佐々木 (2014) では扱えなかったその詳細な 性質や境界的な例を検討したい。

3.1 代名詞主語コピュラ文との不連続性 佐々木 (2014) では、単純コピュラ文と y¯en 文はコピュラ文のタイプ(措定文か指定文か)に応じて使い分け られており、両者は相補分布すると述べた。*6 しかし、(20) のように措定文で代名詞が挿入される例もある。

(20) n

yeh s¯e

Luis

ART ルイス 3 SG

chof¯er deh s¯e

k¯ombih

1 つ 運転手 …の 1 つ 乗り合いバン

「ルイスは乗り合いバンの運転手だ」(E)

(20) は意味上ほぼ典型的な措定文といえるが、2 つの名詞表現の間に三人称代名詞 yeh が介在している。こ の点で、(20) は (21) 最下段のような y¯en 文によく似ている。

(21) — s¯e

no-knih

d¯entistah

1 つ 1SGP-きょうだい 歯医者 「私のきょうだいの 1 人が歯医者なんだ」(E)

— katliyeh n どれ

mo-knih

n

d¯entistah?

ART 2 SGP -きょうだい ART 歯医者

「歯医者なのはどのきょうだい?」(E)

— wan

y¯en (< yeh n)

Guadalupe

(n

d¯entistah)

3SG ART グァダルーペ ART 歯医者

そして

「(歯医者なのは)グァダルーペだ」(E) 以下、(20) のような例が、外見に反して単なる代名詞コピュラ文であり、y¯en 文ではないことを示す。 より詳細に見ていくと、(20) は、y¯en 文とは異なった振るまいを見せることがわかる。まず、(20) において は、代名詞 yeh を削除しても同じ意味の文になる。これに対し、y¯en 文のダミー代名詞は当然ながら省略でき ない。

(22) n

Luis

ART ルイス

s¯e

chof¯er deh s¯e

k¯ombih

1 つ 運転手 …の 1 つ 乗り合いバン

「ルイスは乗り合いバンの運転手だ」 また、(20) では、動詞コピュラを用いて対応する過去形や未来形の文を作ることができる。

(23) n

Luis

yeh o¯ -Ø-katka

ART ルイス 3 SG PST-3 S - COP. PST

s¯e

chof¯er deh s¯e

k¯ombih

1 つ 運転手 …の 1 つ 乗り合いバン

「ルイスは乗り合いバンの運転手だった」(E) これに対し、(24a) のような y¯en 文は、対応する過去形や未来形を作ることができない (24b)。ただし、指定 文(狭義)の場合、変項名詞句の内部で動詞の過去形や未来形を用いることはできる (24c)。 *6

本発表では、最終的にこの意味的区別がコピュラ文の使い分けにおいて本質的ではないことを示す。

5

(24)

a. tlakã

y¯en (< yeh n)

Pedro

n

ichtik

3SG ART ペードロ ART 泥棒

…であることがわかった 「泥棒はペードロだった」(E)

yeh o¯ -Ø-katka

b. *tlakã

n

Pedro

n

ichtik

…であることがわかった 3SG PST-3 S - COP. PST ART ペードロ ART 泥棒 「泥棒はペードロだった」

c. tlakã

y¯en (< yeh n)

Pedro

n

o¯ -Ø-katka

ichtik

3SG ART ペードロ ART PST-3 S - COP. PST ART 泥棒 「(かつて)泥棒だったのはペードロだった」(E) …であることがわかった

以上のように、(20) は一見 y¯en 文に似た外見を呈するが、y¯en 文には (20) にはない制約がある。(20) のよう な例は、(25) のように、代名詞を主語とする典型的な措定文に主題句が先行している形であると考えられる。

(25) n

Luis,

yeh s¯e

ART ルイス 3 SG

chof¯er deh s¯e

k¯ombih

1 つ 運転手 …の 1 つ 乗り合いバン

「ルイスは、乗り合いバンの運転手だ」(E) これに対し、y¯en 文はすでに見たように独自の構文上の制約に従っており、共時的には (25) と同様に分析す ることは難しい。

¯ 文の条件再考 3.2 指示性・談話機能・統語構造: yen 佐々木 (2014) では、単純コピュラ文と y¯en 文の区別が、Akmajian (1970) および Declerck (1988) のいう措定 文と指定文(広義)との区別に対応していることを指摘したうえで、理論言語学の決定詞句仮説 (Abney, 1987;

etc.) を採用し、単純コピュラ文は補語が NP の場合に、y¯en 文は補語が DP の場合に用いられると主張した。 しかし、 「措定文」と「指定文」の差は第一義的に意味上の差であり、統語的・談話的な諸性質はこの差に一 対一対応するものではない。たとえば、指定文の補語が不定である例 (26) や、措定文の補語が定名詞句である 例 (27) の存在が指摘されている。

(26) What I got was a book.

(Declerck, 1988, 6)

(27) 小泉純一郎は日本の首相だ。

(西山, 2003, 125)

本節では、こうした議論を踏まえてイシュキワカン方言の y¯en 文の分布をより詳しく検討し、y¯en 文の使用 を条件づけているのは意味的性質や談話的機能ではなく、 「補語が DP であること」もしくは「補語が定である こと」という統語的性質であると主張したい。

3.2.1 指示性 最初に、補語の指示性が y¯en 文の使用において本質的ではないことを示す。西山 (2003, 125) によれば、(28) のような例は、(i) 措定文であり、(ii) 補語が定であり、(iii) 補語が非指示的であるという。

(28) 小泉純一郎は日本の首相だ。

(西山, 2003, 125)

同様の例をイシュキワカン方言の例から引用する。(29) は先述の (16) とよく似ているが、語用論的な文脈が 異なり、いずれも自然な文である。(29) は措定文であるにも関わらず、y¯en 文が用いられている。

(29) n

Victor

ART ビクトル

y¯en (< yeh n)

to-ti¯achkah deh nikã n

to-pu¯ebloh

3SG ART 1PLP-首長 …の ここ ART 1PLP-村

(ビクトルを人に紹介して)「ビクトルはこの村の村長だ」(E)

6

Cf. (16)

したがって、(28) において「日本の首相」が非指示的であるという 西山 (2003) の主張に立脚するかぎり、補 語が指示的であることは y¯en 文の用いられる決定的な条件ではない。同様に、y¯en 文が指定文(広義)に対応 しているという 佐々木 (2014) の最初の指摘も不十分であることになる。 また、y¯en 文の補語には総称表現が現れることも指摘しておきたい。総称名詞句が指示的か否かについては 議論があり*7 、本発表ではこの点に立ち入ることはできないものの、(30)–(31) のような例が認められる。

(30) n

beı¯´kuloh tl¯en Ø-ki-piya

ART 乗り物

REL

n¯awi y¯anta-s

y¯en (< yeh n)

3S-3SGO-持つ 4 つ タイヤ-PL

k¯arroh

3SG ART 自動車

「4 つのタイヤをもつ乗り物といえば、自動車だ」(E)

(31) n

fr¯utah tl¯en kachi m¯as

ART 果物

Ø-ki-p¯aktia

n

Everardo

y¯en (< yeh n)

REL もっと もっと 3 S-3 SGO -気に入る ART エベラルド

xokotl

3SG ART 桃

「エベラルドがいちばん好きな果物は桃だ」(E)

3.2.2 談話機能 次に、指定文(狭義)特有の談話機能および情報構造が、y¯en 文の選択において決定的ではないことを示す。 理論言語学におけるコピュラ文の意味論的研究が、分裂文や疑似分裂文の研究から始まった (Akmajian,

1970, Higgins, 1979, etc.) こともあり、指定文(狭義)の機能が談話や情報構造と密接に関係していることは、 コピュラ文の研究において常に注目されてきた。 なかでも、指定文(狭義)が間接疑問文や潜伏疑問文と並行的であることは繰り返し強調されてきた。

Declerck (1988) は、(32a) のような指定文が、(32b) のように未指定の変項 (variable) X と、その変項 X に代入 される値(ここでは John Thomas)の対にパラフレーズできると述べている。

(32)

a. The bank robber is John Thomas. b. the X who is the bank robber

(Declerck, 1988, 5)

ここでイシュキワカン方言の典型的な y¯en 文を見てみる。

(33) tlakã

y¯en (< yeh n)

…であることがわかった

Pedro

n

ichtik

3SG ART ペードロ ART 泥棒

「泥棒はペードロだった」(E)

(33) の文は、たとえば村の中に泥棒がいることがわかっていて、その犯人捜しをしているような場面で用い られる文であり、意味的にも談話的にも (32a) に対応すると考えられる。したがって、(33) は (34) のようにパ ラフレーズできる。

(34)

x は泥棒である; x はペードロである

興味深いのは、y¯en 文で用いられるのが他ならぬダミー代名詞であるという事実である。先行研究で指摘さ れているように、指定文(狭義)は、単純な見た目に反して、(i) 語用論的前提をもとに未指定の変項を含む名 詞句を立てたうえで、(ii) 値を変項に代入する、という複雑な操作を行っている。イシュキワカン方言におい てこの種の文を形成しているのが内容をもたない代名詞 yeh であることを考えると、イシュキワカン方言にで はこの複雑な操作を媒介する明示的な要素が必要であるようにも見え、さらには yeh が変項 x そのものである ようにさえ見える。 ところが、狭義の指定文以外の例を見ると、この仮説が成立しないことがわかる。すなわち、y¯en 文の全て がこのような変項への代入構造を持っているわけではない。一例として、(35) のような同一性文にも y¯en 文が 用いられることはすでに述べた。 *7

たとえば、Givón (2001) は総称名詞句を非指示的としているが、西山 (2003) は指示的 (referential) であることと認定可能 (identifiable) であることを区別しており、総称名詞句は指示的であるが認定不可能であるとしている (西山, 2003, 123)。

7

(35) tlakã

n

Hombre Araña y¯en (< yeh n)

Peter Parker

3SG ART ピーター・パーカー

…であることがわかった ART スパイダーマン

「なんと、スパイダーマンはピーター・パーカーだったのだ」(E) また、そもそも措定文にも y¯en 文が用いられる場合があることもすでに指摘した。

(36) n

Victor

y¯en (< yeh n)

ART ビクトル

to-ti¯achkah deh nikã n

to-pu¯ebloh

3SG ART 1PLP-首長 …の ここ ART 1PLP-村

(ビクトルを人に紹介して)「ビクトルはこの村の村長だ」(E) このように、指定文特有の談話機能・情報構造は y¯en 文の使用条件に直接関与していないと考えられる。

3.2.3 統語構造 ここまで、意味的条件(指示性)と談話的条件(情報構造)が、y¯en 文の分布を説明する要素としては不十分 であることを確認した。本節では、佐々木 (2014) を補強する形で、y¯en 文が統語的条件によって動機づけられ ていることを示す。 すでに述べたとおり、y¯en 文は補語が代名詞、指示詞、もしくは定冠詞的小辞 n を伴う表現の場合に用いら れるというのが、佐々木 (2014) の基礎的観察であった。本発表でこれまで見てきた y¯en 文の例は、すべてこの 条件にあてはまる。同定文 (35) のように狭義の指定文に当てはまらない例も、措定文 (36) のように対象が非 指示的な場合も、補語名詞句が定冠詞的小辞 n を伴うという点において共通していた。 これに対し、ほぼ典型的な指定文(狭義)と思われる例でも、補語が不定の場合には容認されない (37)。こ のような場合には、情報構造にかかわらず (38) のような普通の他動詞文が選ばれる。

(37) *y¯eh (y¯eyi) t¯otolti-meh n 3SG 3 つ 卵-PL . ABS

o¯ -s¯e-kin-koh

n

a¯ xã

ART PST-1 PLS -3 PLO - 買う . PST ART 今日

「私たちが今日買ったのは、卵(3 つ)だ」

(38) o¯ -s¯e-kin-koh PST-1 PLS -3 PLO - 買う . PST

(y¯eyi) t¯otolti-meh n 3 つ 卵-SG . ABS

a¯ xã

ART 今日

「私たちは今日卵を 3 つ買った」 このように、y¯en 文の使用は、意味的・談話的な要素ではなく、単に補語が定名詞句であるという統語的な 条件に規定されていると考えられる。

¯ 文の起源 4 Yen 佐々木 (2014) では、補語が上記の条件を満たす場合に単純コピュラ文ではなくダミー代名詞を含む y¯en 文が 選ばれる理由を、次の 2 点によって機能的に説明しようとした。下記 (I) と (II) はいずれも統語的条件に基づ く機能的な説明である。

(I) 措定文の補語は NP であるのに対して、指定文(広義)の補語は DP である。イシュキワカン方言は自 由語順言語であり、コピュラ文の語順も自由なので、指定文(広義)に単純コピュラ文を用いると、主 語と補語の間に形式上の非対称性がなく、どちらが主語か特定できない。一方、y¯en 文はダミー代名詞 の直後の要素が必ず補語になるので、この機能的問題は生じない。

(II) 単純コピュラ文には直説法現在形で音形をもつコピュラが現れないので、節主語の多い指定文に単純コ ピュラ文を用いると、節境界が不明瞭になり、解釈に困難を生じる場合がある。たとえば、y¯en 文 (39a) を仮に単純コピュラ文で表現すると (39b)、補語 nik¯ankah「これ」を主語である節から分離する目印が ないため、通常の他動詞文 (39c) と酷似した形になってしまう。

8

(39)

a. [ n tl¯en o¯ -ni-k-t¯emow¯a-ya ]

yeh nik¯ankah

ART REL PST -1 SGS -3 SGO -探す- IMPF 3 SG これ

「私が探していたものはこれだ」(E)

b. * [ n tl¯en

o¯ -ni-k-t¯emow¯a-ya ]

nik¯ankah

IN COMP PST-1SGS-3SGO-探す-IMPF これ 「私が探していたものはこれだ」

c. o¯ -ni-k-t¯emow¯a-ya

nik¯ankah

PST -1 SGS -3 SGO -探す- IMPF これ

「私はこれを探していた」(E) 本節では、本発表でこれまで提示した分析にもとづき、(I) に修正を加えたい。(I) は、単純コピュラ文にお ける非対称性にもとづく説明である。イシュキワカン方言では、コピュラ文の語順は自由であり、母語話者に よれば、(40a) も (40b) も同様に自然な文であるという。

(40)

a. n

Elías

tlamacht¯ani

ART エリーアス 教師

b. tlamacht¯ani n ART

Elías

教師 エリーアス

「エリーアスは教師だ」(E)

(40) のようなコピュラ文の存在を保証しているのは、主語と補語の非対称性である。単純コピュラ文の補語 は属性叙述的であり、一方、主語はほぼ常に定の名詞句(もしくは DP)である。こうした非対称性があるから こそ、(40a) と (40b) の解釈は逆転しない。(I) はこのような直観にもとづく説明である。 しかし、(I) は DP 仮説を採用した理論内的な説明であり、不定名詞句や総称名詞句の統語構造が不明である 以上、現時点で十全な説明にはなりえない。また、措定文と指定文(広義)という意味的な区別が、y¯en 文の 現れる条件として適当ではないことも、本発表のこれまでの議論で確認された。そこで、本発表では、(I) に代 わり、(I) をより記述的に修正した (III) の説明を提案したい。

(III) イシュキワカン方言は自由語順言語であり、コピュラ文の語順も自由なので、補語が定の場合に単純コ ピュラ文を用いると、主語と補語の間に定性の非対称性がなく、どちらが主語か特定できない。Y¯en 文 はダミー代名詞の直後の要素が必ず補語になるので、この機能的問題は生じない。

(III) では、補語が NP か DP かという構造上の差ではなく、定か不定かという素性の差を軸にしている。(I) と (III) のどちらが適当か、また (I) の前提とする決定詞句仮説が妥当であるか否かという点は、今後検討して いきたい。

5 所有逆行 最後に、今後解決すべき課題のひとつとして、本発表の分析で捉えきれない現象を報告する。 イシュキワカン方言には、親族名称が所有者接辞をとる際に、古典ナワトル語にはない人称の非対称性が見 られる。その正確な性質と条件はまだ明らかではないが、イシュキワカン方言では、 「私はパーブロの孫だ」と いう文を、(41a) のように直訳的に表現することはできず、必ず (41b) のように表現する。

(41)

a. ?nehw¯atl ni-¯ı-ni¯etoh 1SG

n

Pablo

1SGS-3SGP-孫 ART パーブロ

「私はパーブロの孫だ」

9

b. nehw¯atl no-kohk¯ol n

Pablo

1SG

1SGP-祖父 ART パーブロ 「私はパーブロの孫だ」lit. 「私の祖父はパーブロだ」(?) 一般に、イシュキワカン方言のこの種の文において、語用論上の主題が一・二人称の場合に、参照点として 三人称を用いることは避けられる傾向にある。この現象を、仮に所有逆行 (possessive inverse) と呼ぶ。 このとき、(41b) は字義通りには「私の祖父はパブロだ」という文になっているように見えるが、(41b) は補 語が定であるにもかかわらず、単純コピュラ文を用いることができる。(41b) を「パーブロは私の祖父だ」の ように解釈し、典型的に近い措定文と考えることもできるが、この解釈を裏づける積極的な証拠はない。

6 結論 本発表では、ナワトル語イシュキワカン方言のコピュラ文のタイプと定性との関係を議論した 佐々木 (2014) の議論を踏まえ、同発表で触れることのできなかった境界的な例の検討を通して、同方言に存在する 2 種類の コピュラ文の 1 つである y¯en 文の性質をより詳しく議論した。一般言語学的に、コピュラ文のタイプは、意味 上・談話上・統語上の多くの要素と連動しているが、イシュキワカン方言の y¯en 文の使用は、このうち統語的 な性質によってのみ説明することができる。最後に、本発表のモデルで分析できない例として、所有逆行現象 の例を挙げた。

グロス略号 1: 一人称; 2: 二人称; 3: 三人称; ABS: 独立形; AFF: 確言小辞; ART; 冠詞; COP: コピュラ; FUT: 未来; IN: 小辞 in(古典ナワトル語); M: 男性; NOM: 主格; O: 目的語人称; OPT: 希求法; P: 所有者人称; PL: 複数; POSS: 被所 有形; PST: 過去; REDUP: 重複; S: 主語人称; SG: 単数

引用文献 Abney, Steven Paul. 1987. The English Noun Phrase in Its Sentential Aspect. Ph.D. thesis, Massachusetts Institute of Technology. Akmajian, Adrian. 1970. Aspects of the Grammar of Focus in English. Ph.D. thesis, Massachusetts Institute of Technology. Citko, Barbara. 2008. Small clauses reconsidered: Not so small and not all alike. Lingua 118:261–295. Declerck, Renaat. 1988. Studies on Copular Sentences, Clefts and Pseudo-clefts. Leuven, Belgium: Leuven University Press. Givón, Talmy. 2001. Syntax: An Introduction. Amsterdam: John Benjamins. Higgins, Roger Francis. 1979. The Pseudo-cleft Construction in English. New York: Garland. Launey, Michel. 1979.

Introduction à la langue et à la littérature aztèques, tome 1 : grammaire.

Paris:

L’Harmattan. Lyons, John. 1968. Introduction to Theoretical Linguistics. Cambridge: Cambridge University Press. Mikkelsen, Line. 2005. Copular Clauses : Specification, Predication and Equation. Amsterdam: John Benjamins. Ryding, Karin C. 2005. A Reference Grammar of Modern Standard Arabic. Cambridge: Cambridge University Press. 佐々木充文. 2014. 「ナワトル語イシュキワカン方言における定性と 2 種のコピュラ文」『日本言語学会第 149 回大会予稿集』142–147 ページ. 西山佑司. 2003. 『日本語名詞句の意味論と語用論 —指示的名詞句と非指示的名詞句—』 東京: ひつじ書房.

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